2004年夏
そして、イランに来て約1年経った2003年の6月。日本に一時帰国。
日本に3ヶ月ほど滞在。その間は、まったくペルシャ語を話すことがなかったので、子供達はペルシャ語を忘れてしまい、長男は、イランに戻った後に、徐々に思い出しましたが、次男は何と、ペルシャ語を話さなくなってしまった。親戚の人とも、日本語が通じるかと思っているごとく、日本語で話していた。そして、3ヶ月位した頃に、徐々にまた、ペルシャ語を話すようになってきた。
そして、この9月から、長男は小学校へ入学。
入学前に、審査があり、長男は「少し言葉に問題があります。」と言われたものの、よく勉強し、1学期の成績は、オール20(イランでの一番良い点数が20)をもらいました。
そして、ペルシャ語の発音。
長男と次男とどちらが発音が良いと思いますか?
それは、次男。
何故かは、想像がつくと思いますが、次男の方が、小さい時から、イランに来て、ペルシャ語を耳にしていたからだと思います。長男も、ペルシャ語の発音はとても上手になってきていますが、逆に、日本語の発音が最近おかしくなってきています。気がついた時に、私が言い直してあげています。これからも、きれいな日本語を話してほしいので、私は子供達とは、常に、日本語で話しています。
子供達のために、最近始めたことは、夜寝る前に物語を読んであげること。
イランで日本の本を買うのは難しいので、インターネットから探した話をプリントアウトして読んでいます。
Old Stories of Japan(日本昔ばなし英訳版・日本語訳・わらべ歌・子守歌)
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/7211/
そして、私のペルシャ語はどうかというと、イラン滞在期間が合計で、2年位ですが、日本語にはないペルシャ語の発音のいくつかが、できるようになり、読み書きも何とか少しはできるようになりました。できないのは、ペルシャ語の2つある「あ」の発音の区別、RとLの区別、Lの発音など。話すのは、子供と比べると、全然駄目です。最近は、夫とはペルシャ語で話すようにして、頑張っています。
2005年 夏(イランに来て約2年)
長男
後、数週間で8歳の誕生日を迎える長男。
今は、日本語の勉強をがんばっている。昨日、小学二年生の漢字の勉強を大体終えた。今日からは、今までに習った漢字を復習し、読み書きを完全にできるようにがんばろう。二年生の漢字は、一年生のに比べ極端に難しい文字があるので、「あ〜っ難しい!!!」と短気をおこしていることも・・・。その一方で、まだ、私が教えていない漢字を「これ習ったよ!」と言い、「線」「鳥」「米」「弱」「声」など、それほど簡単でもない字を書いてしまうことも。これはとても不思議だったが、漢字表を壁に貼って置いたのが良かったのか?それともドラネットのおかげ?謎である。数えたら、漢字帳に書いて練習した字は、全部で140字だった。二年生に習うのは、全部で160字だから、残りの20字が練習せずに覚えたことになる。
最近の長男の好きな遊びは、バックギャモン。時間がある時には、私が相手をする。サイコロのいい目を出すのが得意で、たまに私も負かされたりする。私が勝つと、「もう1回やるよ!」と怒った顔で言う。あとは、本を読むのが好きで、日本の本、イランの本、共によく読んでいる。プレイステーションやパソコンのゲームが好きだが、テレビとゲームはあわせて1日時間と決めている。面白い映画がやっていると、最後まで見てしまうので、「明後日まで、ゲームもテレビも見ないよ。」と私が言っても、次の日もまた面白い映画がやっていると、つい見てしまい、約束は守れていない。
牛乳、卵、パン、生クリームなど、長男が買いに行ってくれて、とても助かっている。一人で自転車で外に行き、家の近くの細い道で遊ぶこともたまにあるが、公園などは、心配なので一人では行かせていない。
次男
数週間前に、4歳の誕生日を迎えた次男。
この1週間位は、おねしょをしなくなった。昼間は、たまに泣いた拍子でしてしまうこともあるけれど・・・。
オムツはもうやめて、夜はトレーニングパンツと普通のパンツをはかせている。着替えなどは、もう自分で引き出しから服を出して、着ているのだが、ある日、いつもはトレーニングパンツを普通のパンツの上に履いていたのが、その日は、普通のパンツをトレーニングパンツの上に履いていた。どうしてか理由を聞くと、「だって、アンパンマンのパンツ(普通のパンツ)がおしっこで汚れちゃうから。」と、自分なりに気に入ったパンツを汚さないように考えている。オネショしたら、アンパンマンのパンツも濡れちゃうんだけどね。
服は自分で着てくれるのはいいのだけれど、Tシャツなんかは、前と後ろを逆に着ていることも。「前と後ろが逆だよ。」と教えてあげても、「だって、この方が絵が見えていいよ。」と。背中に絵や字があるタイプのTシャツは、前と後ろは好んで逆に着ている。特に、外に出かけない日には、私も直さずにそのまま着せている。
好きな遊びは、お兄ちゃんと戦いごっこ。気が強くて、おもちゃの剣で兄を脅かしたり、思いっきり兄の腕を噛んで泣かせたりする。あとは、てれびくんやテレビマガジンなどを見るのが好き。絵を描くのもとても上手になり、数ヶ月前までは胴体のない(頭から手や足が生えている)人を書いていたが、最近はちゃんと頭の下に胴体を描き、そこから手足を描いて、昨日は、手や足の指までも描いていた。長男は、今の次男位の時期も、まだ頭から手と足が出ている絵を書いていたような・・・。
兄が日本語の勉強をしていると、自分もノートを出してきて、字のように小さく何かを書いている。昨日は「2」と「3」をホワイトボードに書いて見せてくれた。びっくりした。ひらがなは、カードを作って教えたら、あ、か、さ行は、大体分かるようになった。
ペルシャ語は、とても上手になり、「アラキは、嘘ってことだよ。」と、たまに私に教えてくれる。ペルシャ語や日本語でもない外国のテレビを見ていても、「行きたくないって言ってるよ。」とまるで分かるみたいに言っている。
私が、長男に洗濯して乾いた服をたたんでくれる様に頼むと、次男もズボンなどの簡単なものをたたんでくれる。玄関の靴を揃えてくれたり、いろいろ手伝ってくれるようになった。
昼寝は最近はほとんどせず、極たまに、テレビを見ながら寝てしまう。夜は、11、12時頃就寝し、10、11時頃起床する。長男が、夏休みの間は、多分こんな感じになってしまうのだろう。
2005年8月16日記載
2006年 春(イランに来て約2年半)
長男
ペルシャ語がかなり上達し、ペルシャ語でのしりとりや紙に同じ文字から始まる言葉を書く言葉遊びなどをすると、私の知らない言葉がどんどん出てくる。
今年イランのお正月休みに、日本の2年生の漢字を復習の意味で練習帳を渡して書かせてみたら、書き方がまるでめちゃくちゃで、大分忘れていた。少しやったら、書き順は思い出したが、漢字はなかなか思い出せないらしい。読むのは出来るようだった。
今、好きな遊びは、トランプの「ハフトキャスィフ」と「ビビサラム」という従姉妹の友達から教えてもらった遊びだ。最近は、公園で遊ぶより、家で遊ぶことが好きになった。相変わらず仮面ライダーやウルトラマン系は大好きで、良く人形遊びもしている。好きな雑誌は、「テレビマガジン」と「てれびくん」だ。
次男
4歳を過ぎてから、急激におねしょの数が減った。今ではほとんどしない。昼間も泣いた拍子にすることもなくなった。トイレに行く時に、ワザと慌てている振りをして「でちゃう!でちゃう!」と悲鳴をあげて、私を驚かせようとするヒョウキン者だ。
昨日、私がペルシャ語の勉強をする為にノートと本を出して書いていると、次男も自分のノートを出して、なにやら書いている。「ママみて。」と言われて見ると、びっくり!そこには1から13までの数字が書かれていた。
どうやらノートの上部に書かれてる数字をお手本にして書いたらしい。たくさん褒めてあげたら、次男もとても喜んでいた。子どもって知らないうちに成長しているんですね。「4」は難しいのか「ママかいてー」と言うので、「4」だけ書いてあげた。
長男と同じく仮面ライダーなど好きだが、プーさんやアンパンマンなど可愛い系も好き。夜は、クマのぬいぐるみを抱っこして寝ることも。
トランプ遊びなども、ふざけながら、何とか兄弟で出来るようになった。
最近一番好んでやっていることは、イランの歌を聴きながら歌うこと。お正月の旅行中も車に乗るとすぐに「うたー!」と言ってラジカセをつけるのを催促し、宿泊先でも皆で部屋で何かやっている時に、こっそり車の鍵を持ち出して、車に入って歌を聞くほどの歌好きです。
悩み
最近の私の悩みは、子ども達の喧嘩。大きくなるにつれて、だんだん激しくなっています。次男は、気が強く、長男に鍛えられてるせいで、叩く力が強い。4歳も離れているけど互角で戦うようになっています。喧嘩も子どもの成長に欠かせないかな?最近は、止めに入るのも疲れるので、見守ることに。大きな怪我をしなければいいのだけれど・・・。
2006年4月2日記載
2006年 夏(イランに来て約3年)
この夏休みは2年振りに日本に帰国して、約2ヵ月半過ごしました。
長男(8歳)はこの間、柔道、体操、サッカーを習いました。中でもサッカーはとても楽しかったらしく、「イランに戻りたくない。」と言うほどでした。今回は日本で、ペルシャ語を忘れないように、イランから持ってきたペルシャ語の本もたまに読んでいました。三年生の漢字の勉強も、日曜日を除いた毎日、頑張って勉強していました。詳しくは、子供が漢字を習得するまで
次男(4歳)は、イランにいる時には、私が一緒でないとどこにも行きたがらなかったのですが、日本に来てからは、祖父や父親と一緒に出かけることもできるようになりました。嬉しいような寂しいような・・・。トイレも、イランでは大をした時には、私が洗ってあげていましたが、日本では自分でトイレットペーパーで拭かせてみたら、できました。イランに戻ってからも、洗うやり方を教えて自分でお尻を洗わせたらできたので、楽になりました。
困ったことは、日本で怖い映画を見てから、ちょっと怖がりになってしまい、一人でトイレに行けなくなってしまったこと。その前までは、真夜中に部屋が真っ暗な中、一人でトイレに行けたのに・・・。テレビの影響は大きいですね。