イランの祝祭日

イランの祝祭日は非常にややこしく毎年日にちがずれます。

というのも、イランではお正月やイスラム革命記念日などのイラン暦で定められた日以外、イスラム暦による祝祭日が多くあり、イスラム暦は1年354日または355日で、イラン暦より約11日少ないため、これらの祝祭日はイラン暦に対して毎年早くなっていきます。

というわけで、私が体験したイラン暦1382年~の祝祭日を記載していきたいと思います。

1382年7月2日 モハムマッドがぺヤムバールになった日

イスラム教では神様の言葉を伝える人(ぺヤムバール)が124000人いて、モハムマッドは最後の124000番目のぺヤムバール。
この日はモハムマッドがぺヤムバールになった日でした。この日を祝って、道で子供達にお菓子を配ったりする人がいます。

1382年7月20日 12番目のエマムの誕生日

1週間くらい前から、この日を祝うために街のあちこちが色とりどりのランプで飾られます。
夜、車で街を走るととてもきれいで楽しめます。国中でこの日を祝っているのが分かります。宗教の国だというのを実感しました。

1382年8月24日 1番目のエマム「アリ」が亡くなった日

この日の2日前に、エマムアリが礼拝をしている時に暗殺者に切られたそうで、切られてから亡くなる日までの3日間は、イランの人々はお葬式のように悲しみます。テレビでは、たくさんの人が開いたゴーランを頭に当てて悲しんでいる姿が放映されました。そして人それぞれに、この日の為に羊を殺してお肉を分けたり、甘いハルヴァという料理を作り皆に配ったりします。

1382年9月5日 エイデ フェトゥル

ラメザンが終わって、次の日は「エイデ フェトゥル」という、イランで1年のうちに何回かある、祝日の一つです。この日には、貧乏な人に自分達の食べている1日分のお米やパンなどをあげたり、又は、その人達の為のお金をお坊さんに渡したりする習慣があるそうです。
この日は、うちには親戚の人が来て、「エイデ モバラキ(おめでとう)」とお祝いの言葉を言っていました。

(2003年11月28日記載)


約一年振りに更新しました。ちょっと書き方も変えました。

エイデ ゴルバン

今日は、イランで1年に何回かある祝日のうちの一つで、エイデ ゴルバンの日でした。今回はイランの休日の金曜日に当たってしまいましたが、今日が平日なら、お休みになっていたそうです。イランは日本みたいに振り替え休日はないんですね。

義母は「祝日おめでとう。」と言っていました。
この日は、サウジアラビアのマッケに行ったことのある「ハジ」と呼ばれる人達が、羊を殺して、そのお肉を貧しい人に配るのだそうです。毎年約200万人の人が、マッケに行っているそうです。

(2004年1月21日)(イラン暦1383年 bahman 2)(イスラム暦1425年 zi-haje 10)

エイデ ガディール

最後のペヤムバールであるモハンマッドが、小高い丘の上に上がり、自分の後継者が娘の婿のアリであると宣言した日。

この日はちょうど土曜日だったために、金、土と、二連休になりました。うちには、親戚が集まり、おめでとうの挨拶をしました。

(2004年1月21日)(イラン暦1383年 bahman 10)(イスラム暦1425年 zi-haje 18)

イスラム革命記念日(bahman 22日)

イスラム革命記念日の夜は、打ち上げ花火があるようです。今年は、バハマンの21日からモハッラム(3番目のエマムのホセインが亡くなったイスラムの月)になってしまうため、20日の夜に打ち上げ花火が9時から15分間ほどありました。場所によっては、色んな方角にたくさんの花火が見られることでしょう。

私は、屋上から、南と北の方角に花火を見ることができました。どの花火も、1分間隔くらいに一つずつ打ち上げられているようでした。私が見たのは、まん丸の花火だけでしたが、友達は違う形の花火も見れたようです。花火を見ているとき、「アッラーホー アキバル!」と叫んでいる子供達の声が聞こえてきました。

そして、イスラム革命記念日の夜。もっとたくさんの「アッラーホー アキバル!」と言っている人々の声が聞こえてきました。

(2005年2月10日)(イラン暦1383年 bahman 22)

12番目のエマムの誕生日

この日についての説明は、ページの上の方に書いてありますが、今回写真を撮ったので、載せておきます。写真では、上手く綺麗な色に撮れずに皆様に見せて上げられなくて残念です。写真では電球は全部黄色に見えますが、ピンク、赤、オレンジ、緑など、いろいろな電球が飾られていて、実際とても綺麗でした。

12番目のエマムの誕生日のイランの街の写真

この日の1週間くらい前から、爆竹の音が聞こえてくるようになり、この日は、イランのお正月前のような騒ぎになっていました。火を燃やすようなことはなかったけれど、代わりに色とりどりのライトが街を飾り、夜はとても綺麗でした。私達もこの日は、お庭や屋上で花火や爆竹をやって楽しみました。

(2005年9月20日)(イラン暦1384年 shahrivar29)(イスラム暦1426年 shaban15日)

2006年9月8日 12番目のエマムの誕生日前夜の街の写真はこちら